若さが贈る

いつまでも、心に青春を。

『もったいない』がもったいない。捨てることを恐れるな。

「もったいない。」この言葉は一種の魔法の言葉だ。

時に称賛され、時に僕たちの足かせにもなり得るものだ。

中学生ぐらいの頃、世界一受けたい授業で「もったいない」の精神は素晴らしいという趣旨の授業が行われていた。内容はうる覚えだが、確か世界の中でこの「もったいない」という言葉があるのは日本だけであり、この素晴らしい考え方を世界に広めていこうみたいな感じだったと思う。

 

そんな「もったいない」は、基本的に過去と確定された未来へのベクトルの二つで作用する。

こんなに食べ残してもったいない(この食べ残し分の材料費はもう払っていて不可逆的なものなのだから、きっちり回収しなきゃ)や、あと1か月我慢して退職していればボーナスがでていたのにもったいない(本来であれば得られるものを他の選択肢を取ることによって失ってしまった)といった具合に。

確かに単体の出来事で見た場合、上記の例はもったいないこと甚だしい出来事だと思う。

しかしここで僕が問いたいのは、そのもったいない精神に負けて他の選択肢の優先度が歪められていないかということだ。

 

その点企業の昇進の制度はよく出来ている。

そろそろ辞めようかどうか迷いだした時に、数年先に昇進が出来るように計算されている。言ってみれば退職まで人参を目の前にぶら下げられ続けるのだ。

そうやって過去の積み重ねと将来の希望価値に縛られて、いつの間にか適切な判断が出来なくなってしまう。いわゆるサンクコストにやられるってやつだ。

 

では、このような状況を打破するためにどうすればいいか。

それは一つしかない。捨てる勇気を持つことだ。

ただし、こういってしまうと語弊を招くことがある。「違うと思ったらすぐに捨てれればいいのか!じゃあなんか今の会社合わないからやーめよ!」みたいな感じになってしまう。

あくまでもここで言っている捨てる勇気とは、時間が有限であるためそのもったいないと思うこと以上に大切な他の選択肢を優先するということだ。

例えばバスケを初めて半年経つけどあんまり楽しくないから半年続けたことを気にせずすぐ辞めるとか、上達しないから辞めるとかいうのは話が違う。(それ以外に他のスポーツをやっていてそのスポーツを優先したいからというならいい。)

物事には必ず真理たるものが存在すると僕は思っている。スポーツで言えば本当に面白くなるのは試合に勝てる実力がついてからだ。そこに辿り着きもしないで面白くないとやめてしまうのは違う。もともと活かす才能が違っていたというのならわかるが、上達するための最大限に突き詰めもせずに止めてしまうのは違う。

そんな弱い奴になることを助長するような甘ったるい話ではない。その逆だ。世間一般の常識やこれまで費やしてきた時間に逆らって自分の意思で決めるということが求められる、とてつもなく覚悟がいることなのだ。

 

時間は有限であるからこそ、全ては出来ない。

だから、そんな『もったいない』なんかに縛られないで、ベストだと思うことをやろうよ。

所持金0円の丸腰で京都ー東京をママチャリ使って走ってみた。

進学校を出て、まあ世間一般的には有名な大学に進んで、普通に金融機関に新卒で入社して。そんな僕の周りにはやはり”普通の人”が多い。そういった環境の中では、僕がやってきたことってけっこうクレイジーに思われることが多いんだけど、一番クレイジーなのは何かと聞かれると、間違いなく500kmをママチャリに乗って所持金0円で走り切ったことだろう。

 簡単にその全容について、今日は触れたいと思う。

 

 民家を泊まり歩いてやる

大学4年の夏にヨーロッパをバックパックで回ったことがあって、その時「民泊で現地の人と交流しながら旅をしたい!」という思いがあった。

だけど、言語の壁というハードルを乗り越えることが出来ず成し遂げられなかったことがずっと心残りだったのだ。

いつかリベンジマッチしてやる。

そう思っていた矢先、11月にとある用事で京都に行くことになった。

 ここしかないだろう、そう直感が言っていた。

 

 街と街のあいだを見たい

京都から東京まで民泊しながら帰るというのは、決まった。

じゃあ交通手段はどうしようかなーってことで。当時の僕は観光地を回ることよりも、街と街をつないでいる道を思うままに行きたいように走ることに魅力を感じていた。

街と街のあいだを、地に足つけて。

そう思ったら車はNGで、徒歩で京都ー東京の500kmは遠すぎる。

 じゃあ、自転車に決まりだ。

 

 俺がパイオニア

ヨーロッパのバックパックで僕の感情を乱したのは民泊が出来なかった後悔だけではなかった。それは、自分より数段上のバックパッカーがいること。

 

2年旅をしている、世界中の風景をカメラに収めている。。。

 

 自分よりスケールの大きなことをやっている旅人がうじゃうじゃいて、どこか敗北感を感じていた自分がいた。次なにかやるときは、他の人が追随出来ないことをやろう。ずっとそう思っていた。

その思いが様々な足枷オプションを追加させていく。

 

ロードバイクなんて楽ゲーだからママチャリでしょ」

「お金持ってたら甘えてホテル泊まっちゃうからお金なしでいこう」

「フィーリングで道を決めるんだったら携帯(map)とかいらないよな」

 

こうして出来上がったのが、

お金を一銭も持たない、携帯も持たずに連絡手段を断つ、愛機ブリジストンのママチャリで京都ー東京間500kmの旅をする、だった。

 

波乱万丈の道中

案の定、というか絶対なにかがあるわけで。

旅の始めは道を聞きながら聞きながらで全然前に進まなかったり、

滋賀では民家ピンポンするけど結局お寺に泊めってもらって菩薩像と一緒に寝たり、

愛知では公園で風呂入ったりマジでお店で数時間働かせてもらって賄いもらったり、

静岡ではコンビニ店長の車に泊めてもらったり、ホームレスと一夜を共にしたり、

やっと念願の民泊が叶ったけど道中タイヤがパンクしてタイヤ屋さんの奥さんに小一時間ガチ説教されながら自転車直してもらったり。

箱根越えでブレーキ焼けて本気で死ぬかと思ったり。

 

そんなこんながありながら、

毎朝4:30起床の100km/日で1週間の旅が幕を閉じた。

 

 まとめ

旅の道中で色んな人に関わったわけだけど、中でも熱海で会った老夫婦の言葉が印象的だった。

「このパワーをもっと他のこと注げばいいのに。」

老夫婦からしてみれば全く理解できないことをやっている青年への苦笑のようだったが、なぜか僕は「あ、確かにもの凄いパワーあるな」と自信をもらった。

どこまでポジティブ野郎なんだよって感じですが。

 近いうちに電子書籍化しようと思ってるので、出来上がったら読んでください。笑

不幸な就活はやめよう。ヤリタイことを明確にするための二つのステップ。

六月も終わりに差し掛かり、新卒採用も一通り落ち着きを見せてきた頃ではないだろうか。

僕は、自分が不幸な就活をしてしまった人間の一人だと自覚している。

ヤリタイことがはっきりしないまま大手企業をとりあえず受けていって全滅、地方の金融機関に就職した。うっすらあったコンサル業界への想いを頭の片隅に残しながら、2年間を無為に過ごしてしまった。加えて転職する気満々でさほどやる気もなかったから、企業にとっても迷惑な話だったと今になって思う。

 

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だからこそこれから社会に出ようとしている人達に伝えたい。

その道で本当に自分がヤリタイことが出来るのかを、よく考えてほしいって。

 

そんなこと言っても、働いたことないのにたった何ヶ月で行きたい会社なんてわかるかよっって思うだろう。僕も大学生の時はそう思っていた。でも今になって思うのは、就職活動が始まるまでの間に自分の考えを言語化するための行動が足りてないからそんなことを言うんだ、ということだ。

正直経験則と色んな人の話を聞く限り、自分がどんな風に生きていきたいかなんてたいていは大学が終わるころまでに形作られている。

大抵の就活生はそこの部分が「なんとなくこうだな」っていう感覚レベルか、それすらもわかっていないまま止まってしまっている。つまり、言語化しきれていない。そして、あんまりよくわかんないまま就職活動に突入してしまい、会社に入ってから「あれ?なんか違うな」ってなってくる。あれ、なんか違うなって思い始めてそれからようやく言語化に向かって、ああ本当に俺/私がしたかったことはこれなんだって言うことに気づく。ゆくゆく振り返ってみたら、昔からこうだったんだなって。

 

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じゃあ、どうやったら言語化出来るのか。それは、描くことと知ることを納得いくまで繰り返し続けることだ。

描くということは、自分の本心に向き合うということだ。

何をしている時が楽しいか、何が悔しかったか、成し遂げたいことはなにか、どんな自分になりたいか、いろんな角度から自分の過去・現在・未来についてとにかく書いて書いて書きまくる。

そして描きながらなんとなく"自分"という人間が見えてくる。どんな価値観を大切にしていて、どんな風になりたいのかが。しかしそれだけでは不十分で、知ることを行わなければならない。それは、本当に自分の想いがそれで合っているのか実際に行動して確かめてみたり、触れたことのない価値観や世界に触れてみたりするということだ。AとBを知ってAを選ぶのと、Aだけしか知らないでAを選ぶとのでは、結果としては同じでも質的に全く違うものだと僕は考えている。なぜなら後者では主体性、言い換えれば腹を決めるという行為が欠落しているからだ。

こうやって描くことと知ることを繰り返すうちに、確固たる自分の価値観が出来上がってくる。これでようやく言語化が出来た状態になる。

 

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今や個人の時代になってきた。これは、企業人であれば関係ないというわけではない。企業人であろうが、自営業であろうが、紐になろうが、どうしてその生き方を選んだのかっというところが強く問われてくるからだ。選んだのは自分なんだから責任は自分で取ってねと。

だからこそ、就職する企業一つとってみても、「まあとりあえずどっか受かればいいや」じゃなくて、しっかりと未来を描いてほしいと思う、

彼女と長続きしないヤツが分析した『彼女と長続きするための20の秘訣』を公開する。

この前知人間の飲み会で、「こいつはね、彼女とっかえひっかえしてて全然続かないんだよね」って不名誉な紹介されてしまったので、ちゃんと考えてるってとこ見せたくてPCを手に取りました。

まあこれまで基本続けようっていう気がなかったのが最大の要因だと思ってます。

では、どうぞ。

 

3つの概念で捉える

まず、 個々のチェックポイントを見ていく前に彼女と接している自分を3つの大枠で定義しなおしてみる。

 

Ⅰ.人としてどうなのか

Ⅱ.男としてどうなのか

Ⅲ.彼氏としてどうなのか

 

こうすると更に自分の振舞いを見直しやすくなるのではないだろうか。

考えるべき優先度は上から順かなー。

 

 

Ⅰ.人としてどうなのか

 長続きするしない以前に、付き合えるかどうかの根底に関わってくる部分ではないかと思っている。 意識するのは『素晴らしい人間性』よりも『人としてNGがない』ってとこ。

経験則だが、ある程度のレベルを超えたら付き合えるフィールドに乗ることができ、それ以上のものはプラスα程度にしかならないのかなーというのが本音。

そりゃあ素晴らしい人間性があるに越したことはないけどね。

では、さっそく10つ。

 

良識人であること

新幹線で靴脱いで足投げ出してるおじさんとかいるじゃん?

あーいう自分が楽かもしれないけど傍からみたら「えっ」ってなるようなことはしないに限る。

誰にでも親切で礼儀正しいこと

店員さんに横柄な態度をとる人は嫌われるというアレ。お姉さまになるにしたがってこういうポイントは厳しくなるので要注意。

 社会通念上取り組むことに価値があるものに全力で取り組んでいること

仕事がピンときやすいかな。パチンコ全力でやってますって言っても普通は響かない。長続きっていうよりかはモテよりかな。

ただしボランティアなどになってくると尊敬や憧れの感情を好きと履き違えられて、あとからやっぱりそういうのじゃなかったとどんでん返し食らう可能性あり。

思いやりに溢れている

言うまでもなく。ないと人間失格の烙印を押されちゃうよ。

笑顔が絶えない、明るい

暗い人と明るい人、どちらが接しやすいですかって話。

人に対して真摯である

これ難しいけど出来てたらすごくキュンとくるらしい。

否定しない、傷つけない

嫌な思いになるような人とは一緒にいたくないよな。

器が広い

みみっちい奴はカッコ悪いっすよ。

食い気味でない

これけっこう女の子から嫌われるポイントらしいので気をつけて。

エッジが効いている

持ってる人は十分生かしましょう。

 

男としてどうなのか

 これはナンパ師やモテ本などで紹介されてくる部分だと考えている。

「一緒にいて楽しいんだけど、手をつなぎたいとかそういうのじゃない」と言われずに、「異性として魅力的」「この人とならエッチしていい」って思ってもらえるためにはどうすればいいのか?以下6点。

 

紳士で優しい

女の子が男に求める第1位。

元カレのどこが好きだったって聞くと「ものすごく優しかったところ」と返ってくるのはテンプレか。

清潔感があり見た目が魅力的である

小奇麗さってものすごく大事。だらしない人は隣歩いてほしくないんだって。

容姿についてはどうにもならないことが多いが、髪型・眉毛で印象は変えられる。スタイルだって筋トレしたりダイエットしたり努力できる部分は絶対にすべき。ちなみに理想はBMI22らしい。

決断力、提案力がある

勝手に決めちゃう男も嫌だけど、何も決めれない男はもっと嫌。by 女友達

選択肢を出してくれるのがベストだって。

女性の扱いに慣れている

ボディタッチ、ほめ方、口説き方。ここが出来るか否かがこのカテゴリーで最大のポイントのような気がする。

堂々としている

生物学的にうんちゃらかんちゃら。

サプライズがうまい

これも超重要。うっとりさせ切れるか、いつまでもドキドキさせてあげられるか。

 

彼氏としてどうなのか

ようやく核心にきた。正直セフレやアヴァンチュールであれば、『男としてどうなのか』の部分がずば抜けて秀でていれば全く問題ないのだろうけれども、今回は今の彼女と長く一緒にいたいという願いを叶えるためのチェックポイントだ。彼女の年代によって少し話が違ってくる部分があるのだが、共通して言える4点、はい。

 

彼女を不安な気持ちにさせていない

「本当に私の事好きなの?!」とか「浮気してるかも・・・」とか言わせたり思わせたりしないように出来たら完璧じゃないのかな。

向こうが優位に立ってる場合はその心配はないのだろうけど、反対にこちらが優位に立っている場合は言動には細心の注意を払うに限る。

相手の感情の高ぶりに合わせて自分の愛情を表現する。恋愛において自分が支えるほうになるのは面倒だし疲れるかもしれないけど、相手が幸せそうな顔してたらそんなどうってことないでしょ。

あと、ちゃんと大好きだよって言ってあげましょう。

彼女の価値観を受け入れている、応援している

いわゆるパートナーってやつかな。

社会的ステータスがある

言わずもがな。現実って十分シビアだと思う。

ギャンブル、たばこ、酒に溺れていない

別れた後に必ずクズ呼ばわりされているから気をつけて。

 

まとめ

ざーっと20個あげてみたが、これが全部できないと彼女と付き合えないっていうわけでは絶対にない。どこかが足りなくてもそれを補うほどのほかの魅力があれば問題ないし、実際問題こんな完璧彼氏さんはそうそういないだろう。

ただし、全てにおいて『元カレvs自分、彼女vs自分』の相対的評価で自分がどのレベルまで到達しているかは常に意識していないといけない。

まあ、色んな女の子と遊ぶのもいいと思うけど、一人と関係を大切に築き上げていくっていうのも楽しいと思うから、運命の人に出会ったときに備えとこうってことで。

 

 

よくコミュ力コミュ力言うけど、コミ力の高さって二つあると思うんだよね。

「コミュ力」という言葉が頻繁に使われだしたのは、大学生に入ってからだろうか。

僕が大学の時から流行が来たっていう意味じゃなくて、ライフステージが大学に入った時から意識されだしたっていう意味だ。 

まあ確かに高校まではクラスが強制的に決まっていて、元気な奴、面白い奴、部活出来るやつが自然とクラスの中心になっていたから、みんなそんなにコミュ力について意識することがなかったんだろうなあと思う。

それが大学になると、サークルやバイトといった様々なコミュニティに関わりだし、ましてやその規模もこれまでとは比にならないくらいとなってくると、そういった環境で目立ってくる人に目がいきだし、「あの人すぐいろんな人と仲良くなれてる」みたいな感じでコミュ力高いなー、いいなーっていう思いが生まれてくるわけで。

つまり、なんらかの形で自分を主張していかないと埋もれてしまったり友ができなかったりする環境になるにつれて、コミュ力という面に意識が集中するようになるってことだ。

そして、このコミュ力の高さといわれるものには実は二通りのタイプがある。

それは、対集団や初対面の時にも臆せず積極的に関わっていけるタイプと、相手との共感・協調を尊び人間関係を円滑に進めることが出来るタイプだ。

言い換えれば、一方的なコミュニケーションスタイルと相互的なコミュニケーションスタイル、といったところだろうか。

 よく大学生の間でコミュ力高いと羨ましがられるのが前者で、実際社会に出てから必要になってくるのは後者のタイプのコミュ力の高さだ。

では、それぞれどんな特徴があるのだろうか。

 

一方的なスタイルの特徴

傍からみたら初対面でもみんなと気軽に話せていて、人当たりも良さそうに見えるこのタイプ。シャイな人からしてみれば、とても羨ましいコミュ力の高さなのだろう。このタイプの特徴は、個性と常識破りで成り立っているということだ。

個性っていうのは、皆と違った独特なオーラを持ってたり、元気が良かったりといった、何かしら集団内で突出するエッジの聞いた部分を持っているってこと。やはりこういうもの持っている人間の方が、周囲からの注目を浴びやすい。

次に常識破りっていうのは、世間一般的にみんなが持っているコミュニケーションの常識を無視して距離を一気に縮めきれるっていう意味。乱暴な例だけど、「あっ、どうも・・・、初めまして。照」で始まる部分を、「うっす!よっろしくー!!」みたいな感じでいきなり慣れ慣れしく出来るかどうかみたいな。

だけどいいとこばかりじゃなくて、タイマンで話してみたら実は話が面白くなかったり、どことなく一緒にいてやりづらい部分があったりすることがある。

それは集団の時は我を思いっきり出すことで成り立っていたコミュニケーションが、タイマンになった時に機能しなくなるからだろうと考えている。  

相互的なスタイルの特徴

このタイプの根底にあるのは、人間関係を円滑にしたいという価値観だ。だからこのタイプのコミュニケーション能力の高さとは、相手のことを察する、気遣うといったことに長けていることを指す。

相手のことを察する、気遣えるということは、往々にして"良い人"という評価をくだされるということだ。従って前者の一方的なスタイルよりも、地味ではあるが信頼はしっかりと生まれやすい。出回っている言葉で表現し直すなら人間力、といったところだろうか。

よく就活でコミュ力の高い奴が内定をもらうって言われているコミュ力の高さとはこっちのことだ。組織内でうまく立ち回れるか、一緒に仕事をしたいと思われるかっていうところが見られているんだから、相手を意識したコミュニケーション能力の高さが評価されるのは当然な話だろう。

 

まとめ

こんな感じで、一概にコミュ力が高いって言ってもタイプに違いがあるものだが、どっちのスタイルが良い悪いというわけじゃなくて、どういった場面にいるのかで向き不向きがあるんだと思っている。そりゃパーティー会場だったら目立った方が楽しいだろうし、職場内だったら相互的なコミュニケーションの方が圧倒的に大切になってくる。

まあ、両方あるに越したことはない。

 

ヨーロッパ8か国をバックパックで回った僕が、ヨーロッパ旅行者に気を付けてほしい4つのこと。

大学時代に一カ月半かけてヨーロッパを回ってました。 

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行った先はイギリス、ベルギー、ドイツ、オーストリアチェコ、イタリア、スペイン、フランスの8か国。その経験の中で、これは旅行に行く前に事前に頭に入れておくといいなあと思ったことを4つ、まとめてみました。

 

 

日本大好きな変なおっさん

とりあえずなんか日本人の名前連呼して日本人welcomeアピールして近づいてくる変なおっさんがいる。イタリアだったら「ホンダ!ホンダ!」「ナガトモ!サムライ!」みたいな感じで。大抵こういう場合は変なことに巻き込まれたって話しか聞かない。気を取られているうちに掏られたとか、お金をせびられたとか。楽しい旅行でトラブルは勘弁、わーおとか言って笑顔でスルーするのが一番かと思う。

 

スリ

やっぱり多いですねー。パリの地下鉄5番線だったかな、日本語で「スリに十分気をつけてください」ってアナウンスが流れるほどだし。

スリって言ってもいろいろ形があって、グルの子供たちに気をとられているうちにポケットの中を取っていかれたって話も聞いたし、小型ナイフで鞄ばっくり切られてたっていう話もあったし、気づかないうちにサッと抜かれてましたってこともある。

ここで言えるのは子供たちとかまでに警戒しだしたら旅行中まったく楽しくなると思うので、スリにあうあわないに焦点をあわせるのではなく、物をすられないようにしておくってことに意識を置いておく方が断然いい。例えばポケットの中には物をいれない、鞄は背負うタイプのものを使わない、など。僕はバックパックだったんでどうしても後ろに背負っちゃうから南京錠してました。だるいとかカッコ悪いとか掏られるのに比べたらどうってことないでしょう。

 

トイレがない

日本にいる感覚でいたらかなり苦しむトイレ事情。トイレ行きたくなったらコンビニが、ないんですよね。じゃあお店に入って貸してもらおうって思ってもトイレないとこあるから。というかたぶんトイレないところの方が多いから。H&Mにはあったっけなあって感じです。というわけでどうしても外をお散歩中にトイレに行きたくなったら公衆トイレというかトイレだけ設置されてるトイレに行くことになるんだけど、これお金取られます。だいたい1~2ユーロかな。ヴェネチアとか3ユーロくらいしてビビった気がする。

気を抜いてると漏らしますよ、マジで。

 

水にお金がかかる

これも日本と同じ感覚でいたら面喰います。マクドナルドとかでお水頼んだお金取られます。というかペットボトル出てきます。しかも水が結構高い。ジュースよりも高いところはザラにあるし、ドイツとかビールの方がやすいんじゃないのかって思うことも多々あった。観光客向けのレストランとかはサービスの一環で水はタダで出てくるからそこは気にせずに。でも星付きに行った時はお金取られました、店によるのかもしれません。

 

まとめ

だいたい日本にいるときと勝手が違って不便に思うこと、または旅行特有のストレスがかかることって感じでしょうか。旅行はトラブルなく楽しいのが一番です。気を付けて、良い旅を。

 

 

 

たった20円で世界の食糧問題に挑む仕事を、あなたは知っていますか。

TABLE FOR TWOという団体をご存じだろうか。

この団体は日本発のNPO法人であり、現在代表を小暮真久さんという方が務めている組織だ。

どんなことをしているのか簡単に説明すると、食べ過ぎによる肥満や生活習慣病に悩んでいる先進国の10億人と、食事や栄養を十分に摂ることの出来ないアフリカの10億人の、食の不均衡を解消し両者ともに健康にすることを目指して活動している。

20円は何かって言うと、社員食堂と提携して通常より低カロリーで栄養バランスのとれた特別メニューを通常価格に20円上乗せで設定してもらって、その20円が寄付金となりアフリカに送られ給食費に充てられている。ちなみにこの20円で給食1食分の値段らしい。

 

どうしてこの団体を取り上げたのか。

そう、26歳、第一回目の誰ハピ基金の使い道をここにしたからだ。

※誰ハピ基金については前回のまとめ記事を参照してもらえれば助かります。

  
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この団体を知ったきっかけは、代表の小暮さんの本に出会ったことだった。

誰ハピ基金をしようって決めて、さっそくどんなことをしようかなあって考えた時、とりあえず本何冊か読み漁ってみるかって思って最初に手に取ったのがこの本だった。

事業性云々じゃなくて、なんかよくわかんないけど文字から伝わってくる小暮さんのキャラクターにとてつもなく惹かれていた。それで思った。最初はココに関わろうって。

 

1年間で貯まっていた金額は30,000円だった。(地方だから年収少ないのはしょうがないんすよ、たぶん。あと転職で2ヶ月働いてないのもある。)

パッと見たら本当にこんなもんですいませんって感じの恐縮な額だけど、毎月給料から1%コツコツ貯めたこのお金で、アフリカの学校1クラス60人の1カ月分の給食が賄える。

寄付を終えて、実際に働いている人達の想いに触れてみたいと考え、思い切って事務局に取材の依頼をしてみた。

答えは、ノーだった。

数カ月先まで海外で予定が埋まっており、何より少人数で運営を回しているためアフリカの子供たちを支援するのに手一杯とのことだった。

その代わりに、彼らはこの動画を送ってきてくれた。他にも、過去にTABLE FOR TWOを取り上げた新聞記事なども。

 


【Fresh Faces #44】安東迪子(TABLE FOR TWO 事務局長)

 

その丁寧な文面を読みながら、自分がとてつもなく浅はかだったことを感じた。

彼らは食の均衡を是正するために一生懸命を飛び回っている時間を僕に割いてくださいなんて、少し落ち着いて考えれば何言ってんだいって感じのことだ。

 

まあ、こんな感じで誰ハピ基金一回目は幕を閉じた。

それにしても全然何かしたっていう実感がねえ。全くねえ。なんだこの感じは。

というわけで、今回もやっぱり海に行って考えてきた。

わかったことは2つ。

やっぱり前線というか、ど真ん中に関わってないとダメっぽいってこと。何かしたその先の笑顔を、自分の目で見たいんだろうなあって。

もう1つは具体的に何をどうするのか全然描けていないこと。ただ、絶対に一人じゃ出来ないし、面白くないから仲間が必ずいるってことだけはなんとなくわかってる。

 

27歳はちゃんと人集めて、事業計画もきちんと練りこんで、誰かの笑顔が見れるようなことがやりたい。うん。