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あなたは大丈夫??論理的に話しているつもりの自称”理詰め女子”が恋を破綻させるワケとは。

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こんにちは!

恋愛だろうが冷静に分析します、行動型考察系ブロガーのカズマです。

 

さて、今回は大人になればなるほど増えてきた”自称理詰め女子”について。

基本女の子は異性との関係を築いていく中で感情が主体になることが多いのは共通認識だろう。

そんな彼女たちの中にも、「私、男なんです。」っていう子が一定数いる。

私男なんですっていうのは色々な意味があるけど、ここでは感情ではなく理屈で話しているっていうことを指している。こういう人は大抵議論好きという認識も重ねて持っていることが多い。

で、最近感情じゃなく理屈タイプの女の子たちと話す機会が多かったんだけど、話を聞いていて「ん?」って思うことがあった。

それは、全然論理的じゃないってこと。

というか、実は彼女たちは自己認識で大きな勘違いをしていて、いずれ大切なパートナーを失うトリガーになりかねないなとも感じた。

では、

感じた違和感とはなにかについて順を追って説明したいと思います。

 

 

本当の理詰めって?

 

論理的に話すというと、「AはBである。BはCである。従ってAはCである。」といったことを思い浮かぶだろう。

確かにそれも論理的ではあるが、こと人間関係においてそれだけでは論理性、客観性を網羅しているとは正直言えない。

対人において本当に論理的であるということは、全て(相手)の状況を客観的に判断し何が適切かを考えることだ。

 

例えば、2週間前から決めていたデートを彼が別の理由でキャンセルしたことに怒っているとしよう。そのときあなたは「2週間前からわかっていたことなのに、それ以降に入った予定でキャンセルするのはおかしい」と彼に説明する。確かに理論的だ。だけどそこに彼がどうしてキャンセルするに至ったかのファクトは全く考慮されていない

もしかしたらあなたとデートの約束をする前から非常に重要性の高い急用(わかりやすい例で言えば親の病気とか)が入るかもしれないことがわかっていたけど、あなたに心配をかけたくなくて黙っていたのかもしれない。

そう思うと、彼があなたとのデートをキャンセルしたことの方が妥当性が高かったりしないだろうか。要はそういうことです。

 

 

自称理詰め女子の特徴とは?

 

では、真に論理的かつ客観的であることと自称理論派の女の子達の決定的な違いはなんだろう。

それは、自称理詰め女子は私の怒りのメカニズムを筋道立てて話しているだけ、という点だ。つまり、自分の都合でしか物事を考えてないんだ。

前の例でいうと、「2週間前から決めていたのにキャンセルするなんて」はたしかにごもっともかもしれない。

だけど、それはもっと大きなところ、メタ的な視点で見ると、ただ自分の都合を感情的に押し出しているに過ぎない。

そしてなによりやっかいなのは、本人は自分が正しいことを言っていると思っていて絶対にひかないことだ。

これ、相手からしてみればどう感じるでしょう?

私は正しい、あなたが悪いという怒りをクドクド言われるんですよ、しかも自信満々で。

簡単に想像できますよね。そんなことされて嫌な気持ちにならない人間なんていません。これじゃあ、彼を失いかねないのは目に見えてわかる。

 

 

じゃあどうすればいいの?

 

では、どうすれば恋を破綻させる危険をさけることが出来るのか。

それは、①多面的思考を必ず挟むことと②それが無理なら「私は怒ってる」とドストレートに伝えることだ。

多面的思考を挟むというのは、言わずもがな考えられる状況すべてを網羅したうえでどうして彼がそのような行動をとるに至ったのか、その行動に妥当性はあったかをしっかりと考えることだ。

何度もいうけど、これが出来ないんなら、いくら筋道立てて話そうがそれは本当に論理的であるとはいえなくて、ただ自分の都合を押し付けているだけです。

 

で、

それが出来ないのであれば、あえて筋道立て話したりなんかしないで「怒ってるんだよ?」っていう感情を全面的に押し出した方がよっぽどいいと思います。そっちの方が男サイドからしてみても対応は格段にしやすいし、嫌な思いもしない。

 

 

余談だけど、やっぱり生物学?的に男女の考え方の違いっていうのもあるかもしれないから、そういったところ今一度見直すのもいいかもしれません。

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