若さが贈る

いつまでも、心に青春を。

所持金0円の丸腰で京都ー東京をママチャリ使って走ってみた。

進学校を出て、まあ世間一般的には有名な大学に進んで、普通に金融機関に新卒で入社して。そんな僕の周りにはやはり”普通の人”が多い。そういった環境の中では、僕がやってきたことってけっこうクレイジーに思われることが多いんだけど、一番クレイジーなのは何かと聞かれると、間違いなく500kmをママチャリに乗って所持金0円で走り切ったことだろう。

 簡単にその全容について、今日は触れたいと思う。

 

 民家を泊まり歩いてやる

大学4年の夏にヨーロッパをバックパックで回ったことがあって、その時「民泊で現地の人と交流しながら旅をしたい!」という思いがあった。

だけど、言語の壁というハードルを乗り越えることが出来ず成し遂げられなかったことがずっと心残りだったのだ。

いつかリベンジマッチしてやる。

そう思っていた矢先、11月にとある用事で京都に行くことになった。

 ここしかないだろう、そう直感が言っていた。

 

 街と街のあいだを見たい

京都から東京まで民泊しながら帰るというのは、決まった。

じゃあ交通手段はどうしようかなーってことで。当時の僕は観光地を回ることよりも、街と街をつないでいる道を思うままに行きたいように走ることに魅力を感じていた。

街と街のあいだを、地に足つけて。

そう思ったら車はNGで、徒歩で京都ー東京の500kmは遠すぎる。

 じゃあ、自転車に決まりだ。

 

 俺がパイオニア

ヨーロッパのバックパックで僕の感情を乱したのは民泊が出来なかった後悔だけではなかった。それは、自分より数段上のバックパッカーがいること。

 

2年旅をしている、世界中の風景をカメラに収めている。。。

 

 自分よりスケールの大きなことをやっている旅人がうじゃうじゃいて、どこか敗北感を感じていた自分がいた。次なにかやるときは、他の人が追随出来ないことをやろう。ずっとそう思っていた。

その思いが様々な足枷オプションを追加させていく。

 

ロードバイクなんて楽ゲーだからママチャリでしょ」

「お金持ってたら甘えてホテル泊まっちゃうからお金なしでいこう」

「フィーリングで道を決めるんだったら携帯(map)とかいらないよな」

 

こうして出来上がったのが、

お金を一銭も持たない、携帯も持たずに連絡手段を断つ、愛機ブリジストンのママチャリで京都ー東京間500kmの旅をする、だった。

 

波乱万丈の道中

案の定、というか絶対なにかがあるわけで。

旅の始めは道を聞きながら聞きながらで全然前に進まなかったり、

滋賀では民家ピンポンするけど結局お寺に泊めってもらって菩薩像と一緒に寝たり、

愛知では公園で風呂入ったりマジでお店で数時間働かせてもらって賄いもらったり、

静岡ではコンビニ店長の車に泊めてもらったり、ホームレスと一夜を共にしたり、

やっと念願の民泊が叶ったけど道中タイヤがパンクしてタイヤ屋さんの奥さんに小一時間ガチ説教されながら自転車直してもらったり。

箱根越えでブレーキ焼けて本気で死ぬかと思ったり。

 

そんなこんながありながら、

毎朝4:30起床の100km/日で1週間の旅が幕を閉じた。

 

 まとめ

旅の道中で色んな人に関わったわけだけど、中でも熱海で会った老夫婦の言葉が印象的だった。

「このパワーをもっと他のこと注げばいいのに。」

老夫婦からしてみれば全く理解できないことをやっている青年への苦笑のようだったが、なぜか僕は「あ、確かにもの凄いパワーあるな」と自信をもらった。

どこまでポジティブ野郎なんだよって感じですが。

 近いうちに電子書籍化しようと思ってるので、出来上がったら読んでください。笑