若さが贈る

いつまでも、心に青春を。

よくコミュ力コミュ力言うけど、コミ力の高さって二つあると思うんだよね。

「コミュ力」という言葉が頻繁に使われだしたのは、大学生に入ってからだろうか。

僕が大学の時から流行が来たっていう意味じゃなくて、ライフステージが大学に入った時から意識されだしたっていう意味だ。 

まあ確かに高校まではクラスが強制的に決まっていて、元気な奴、面白い奴、部活出来るやつが自然とクラスの中心になっていたから、みんなそんなにコミュ力について意識することがなかったんだろうなあと思う。

それが大学になると、サークルやバイトといった様々なコミュニティに関わりだし、ましてやその規模もこれまでとは比にならないくらいとなってくると、そういった環境で目立ってくる人に目がいきだし、「あの人すぐいろんな人と仲良くなれてる」みたいな感じでコミュ力高いなー、いいなーっていう思いが生まれてくるわけで。

つまり、なんらかの形で自分を主張していかないと埋もれてしまったり友ができなかったりする環境になるにつれて、コミュ力という面に意識が集中するようになるってことだ。

そして、このコミュ力の高さといわれるものには実は二通りのタイプがある。

それは、対集団や初対面の時にも臆せず積極的に関わっていけるタイプと、相手との共感・協調を尊び人間関係を円滑に進めることが出来るタイプだ。

言い換えれば、一方的なコミュニケーションスタイルと相互的なコミュニケーションスタイル、といったところだろうか。

 よく大学生の間でコミュ力高いと羨ましがられるのが前者で、実際社会に出てから必要になってくるのは後者のタイプのコミュ力の高さだ。

では、それぞれどんな特徴があるのだろうか。

 

一方的なスタイルの特徴

傍からみたら初対面でもみんなと気軽に話せていて、人当たりも良さそうに見えるこのタイプ。シャイな人からしてみれば、とても羨ましいコミュ力の高さなのだろう。このタイプの特徴は、個性と常識破りで成り立っているということだ。

個性っていうのは、皆と違った独特なオーラを持ってたり、元気が良かったりといった、何かしら集団内で突出するエッジの聞いた部分を持っているってこと。やはりこういうもの持っている人間の方が、周囲からの注目を浴びやすい。

次に常識破りっていうのは、世間一般的にみんなが持っているコミュニケーションの常識を無視して距離を一気に縮めきれるっていう意味。乱暴な例だけど、「あっ、どうも・・・、初めまして。照」で始まる部分を、「うっす!よっろしくー!!」みたいな感じでいきなり慣れ慣れしく出来るかどうかみたいな。

だけどいいとこばかりじゃなくて、タイマンで話してみたら実は話が面白くなかったり、どことなく一緒にいてやりづらい部分があったりすることがある。

それは集団の時は我を思いっきり出すことで成り立っていたコミュニケーションが、タイマンになった時に機能しなくなるからだろうと考えている。  

相互的なスタイルの特徴

このタイプの根底にあるのは、人間関係を円滑にしたいという価値観だ。だからこのタイプのコミュニケーション能力の高さとは、相手のことを察する、気遣うといったことに長けていることを指す。

相手のことを察する、気遣えるということは、往々にして"良い人"という評価をくだされるということだ。従って前者の一方的なスタイルよりも、地味ではあるが信頼はしっかりと生まれやすい。出回っている言葉で表現し直すなら人間力、といったところだろうか。

よく就活でコミュ力の高い奴が内定をもらうって言われているコミュ力の高さとはこっちのことだ。組織内でうまく立ち回れるか、一緒に仕事をしたいと思われるかっていうところが見られているんだから、相手を意識したコミュニケーション能力の高さが評価されるのは当然な話だろう。

 

まとめ

こんな感じで、一概にコミュ力が高いって言ってもタイプに違いがあるものだが、どっちのスタイルが良い悪いというわけじゃなくて、どういった場面にいるのかで向き不向きがあるんだと思っている。そりゃパーティー会場だったら目立った方が楽しいだろうし、職場内だったら相互的なコミュニケーションの方が圧倒的に大切になってくる。

まあ、両方あるに越したことはない。