25歳庶民の誓い。『大きなことはいらない。出来る範囲で社会と向き合っていく。』
6月も下旬迎えようとしている。
そろそろ働き始めるのかと思うと、時間が経つのって早いなあとしみじみ感じる。
今年は梅雨っぽい梅雨を体験せずに夏を迎えるようだ。
こうやって一年、また一年と歳をとっていくのかと思うと、少し怖い。
昨年と比べてこの一年で何をしたんだろう、どれくらい前に進んだんだろうって。
今月、僕は26歳になる。
26歳って言うと、世間ではどんなイメージなのだろうか。
そろそろ結婚も意識しだしたり、もう結婚していたりするような年頃で、いい大人の部類に分類されるのだろう。そんな中、まあ相変わらずフワフワしてます。笑
そんな僕が昨年の25歳の誕生日、ある"1つの誓い"を立てた。
それは『誰ハピPJ』を実行していくこと。誰かの幸せのためのプロジェクトを略してるんだけど、要は社会というか世界というか、そろそろ自分だけじゃなくて今生きているこの世界にもしっかり目を向けて関わっていく歳になってきた気がするからそうしようってことです。
そしてその活動の一環で『誰ハピ基金』っていうのを今回はやったので、その記事の前に一旦これまでの誰ハピPJの経緯についてまとめてみた。目を通してもらえれば嬉しいです。
誰ハピPJの発端
社会人2年目のゴールデンウィーク。
なぜか燃え尽き症候群っぽく何もやる気が起きなかった僕が、3日3晩近くの海に通い、日に焼けながらたどり着いた答え。
それが、誰かのハッピープロジェクトだった。
誰ハピが形になるまで
海での自問自答を経て一つの答えに辿り着いた。
しかし、なにかをやってみようとしたものの、具体的に何をすればいいのかわからない。
そんな僕が試行錯誤した様子がわかるのがこの2記事。
何をすれば良いか全く見当がつかない。
そこを突破すべく行ったことが、とりあえずゴミ拾い。
果たしてその活動に光明を見出すことが出来たのか・・・?
身近の人間を幸せにできない奴が、誰かを幸せにするなんて言う資格はない。
そんな言葉を突き付けられた、僕が取った行動とは・・・?
辿り着いた、誰ハピ基金
活動を具現化しようと試みる中で、いろんな考えが頭に浮かぶ。
その中で、僕が最終的に選び取ったものとは・・・?
今年何をしたかは次回。